結論、誹謗中傷によっては慰謝料が請求できるケースもあります。
誹謗中傷は、名誉毀損、侮辱、プライバシー侵害などの不法行為に該当する場合があり、被害者は損害賠償請求(慰謝料請求)をすることができます。まず初めに誹謗中傷が慰謝料を請求できるケースかどうか確認していきましょう。
誹謗中傷で慰謝料は請求できるか
結論としては、誹謗中傷が不法行為(民法709条、710条)に当たると判断されれば、損害賠償として慰謝料を請求することができます。
不法行為とは
不法行為とは、他人の権利利益を侵害し、その結果他人に損害を与える行為のことです。
民法には、不法行為について以下のように規定されています。
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
つまり、不法行為が認められるには、
- ①故意(=わざと)・過失(=不注意)
- ②権利利益の侵害
- ③損害
- ④因果関係(③が②に「よって生じた」こと)
という要件を満たす必要があります。
誹謗中傷は不法行為となる?
誹謗中傷は、基本的に「故意」または「過失」によるものです(要件①)。相手が嫌がるであろうことをわかっていれば「故意」となります。冗談や皮肉のつもりで書き込んだものが結果的に相手を傷つけた場合、カッとなって勢いで書き込んだ場合などは「過失」となります。
誹謗中傷は、相手の社会的評価や名誉感情、プライバシーなどを害するおそれのある行為です。これは人格権という重要な「権利利益の侵害」にあたる可能性があります(要件②)。
人格権が侵害されることに「よって」、被害者は精神的苦痛という「損害」を被るおそれがあります(要件③④)。
このように、誹謗中傷は不法行為となりえますが、必ずしも全ての誹謗中傷が不法行為として認められるとは限りません。個々の事案ごとに
- どのような権利利益が(本当に)侵害されているのか
- どのような損害がどの程度生じているか
- 違法性の有無
などが問題となります。
損害賠償請求と慰謝料請求の違い
損害賠償請求と慰謝料請求は、厳密には少し異なる概念です。
損害賠償請求
損害賠償請求とは、被害者が、損害の原因を作った者に対して、その損害の埋め合わせを求めることをいいます。ここでいう「損害」には、財産的損害のほか、それ以外の損害(身体的損害や精神的損害など)も含まれます(民法710条)。財産以外の損害の場合であっても金銭による賠償が原則です(民法722条1項、417条)。
参考:民法710条
(財産以外の損害の賠償)
第710条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
慰謝料請求
慰謝料請求とは、上述した「損害」のうち、特に精神的損害の賠償を求めることをいいます。身体・自由・名誉・人格などを害された場合に、精神的苦痛や心の傷などの埋め合わせとして請求するのが慰謝料です。
つまり、損害賠償請求の方が意味が広く、慰謝料請求は損害賠償請求の一部ということになります。
誹謗中傷で慰謝料請求できるのはどんな場合か【相場も解説】
誹謗中傷の慰謝料の相場は、個人だと10〜50万円、法人だと50〜100万円程度とされています。
個々の事案ごとに、
- 誹謗中傷の内容や回数
- 被害者の社会的地位への影響
- 被害者の精神的苦痛
- 加害者の反省の程度
などを総合的に考慮して算定されます。
名誉毀損のケース
名誉毀損とは、人の社会的評価を下げる行為をいいます。
民法上の名誉毀損には、①事実摘示型と②意見論評型があります。
事実摘示型の名誉毀損
事実摘示型の名誉毀損とは、「公然と事実を摘示」することで他人の社会的評価を下げる場合をいいます。これは、刑法上の名誉毀損と同じ意味です。
参考:刑法230条1項
(名誉毀損)
第230条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
「公然と」とは、不特定または多数の人が認識しうる状態のことです。「または」なので、不特定少数や特定多数の場合も含まれます。
公共の場所や集会、インターネット(掲示板やSNSなど)における表現には公然性が認められます。
次に「事実」は、「実在する事柄」という一般的な意味とは異なることに注意が必要です。
名誉毀損における「事実」とは、「それが存在するか否かを客観的に判断できる事柄」という意味です。実在しない事柄でも「事実」に当たります。存否の判断が個人の主観に左右されない(人によって変わることがない)のがポイントです。
例えば「不倫をした」というのは、その人が現実に「不倫をした」か「不倫をしていない」かのどちらかしかありえず、個人の主観によって結論が変わることはありません。そのため、存否を客観的に判断できる事柄といえるので「事実」に当たります。仮にその人が不倫をしていないとしても、「不倫をした」という「事実」を公然と摘示すれば名誉毀損に当たる可能性があります。
意見論評型の名誉毀損
意見論評型の名誉毀損とは、ある事実を基礎として、個人的な意見または論評を表明することで他人の社会的評価を下げる場合をいいます。
意見や論評は主観的な価値判断を含むので、「事実」と異なり人によって変わりうるものです。AさんがBさんのことを「極悪人」と評価したとしても、Cさんはそう思わないかもしれません。
民法上はこのような表現も名誉毀損に当たりうることが判例で認められています。
参考:最判平成9年9月9日 民集51巻8号3804頁
名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。
真実であれば違法性が否定されうる
個人の社会的評価を下げる行為であっても、例えば選挙立候補者の適格性が疑われる事実を暴露するものなど、社会全体から見れば利益となる場合もありえます。
そこで、刑法では、一定の場合に名誉毀損行為の違法性を否定する旨の規定が置かれています。
参考:刑法230条の2第1項
(公共の利害に関する場合の特例)
第230条の2 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
民法上の名誉毀損についても、刑法の趣旨に沿って、一定の場合に違法性が否定されることが判例で認められています。
【事実摘示型の場合】
事実摘示型の場合については、刑法230条の2第1項と同内容です。
すなわち、
- ①公共の利害に関する事実に関係する(公共性)
- ②もっぱら公益を図る目的がある(公益性)
- ③摘示された事実が真実であることの証明がある(真実性) ※真実であることが証明されなくても、真実であると信じたことについて相当の理由があればよいとされています。
という3要件を満たせば、違法性が否定され、不法行為は成立しません(最大判昭和41年6月23日 民集20巻5号1118頁)。
【意見論評型の場合】
意見や論評の表明は、本来、表現の自由(憲法21条1項)として保障される行為です。そのため、事実摘示型の場合よりも不法行為が認められにくくなっています。
具体的には
- ①公共の利害に関する事実に関係する(公共性)
- ②もっぱら公益を図る目的がある(公益性)
- ③意見・論評の前提となる事実の重要な部分が真実であることの証明がある(真実性) ※真実であることが証明されなくても、真実であると信じたことについて相当の理由があればよいとされています。
- ④人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱したものでない(相当性)
という4要件を満たせば、違法性が否定されます(最判平成元年12月21日 民集43巻12号2252頁、最判平成9年9月9日 民集51巻8号3804頁)。
③の要件が事実摘示型よりも緩いため、違法性が否定されやすいのです。
名誉毀損に該当するのはどんなケース?
以下、名誉毀損に該当しうる具体例を複数紹介します。
※実際に名誉毀損や不法行為に該当するかどうかは事案によって異なります。
※前述した通り、違法性が否定されれば不法行為は成立しません。
【事実摘示型】
- 不倫している
- 前科がある
- 反社会的勢力とつながりがある
- 脱税している
- 飲食店の料理に腐った食材が使われていた
このような社会的評価を下げる事実を公然と摘示すれば、その事実が本当かどうかにかかわらず名誉毀損に当たりえます。
【意見論評型】
- 出身大学を指して「低学歴」「Fラン大卒」などと評する
- ゴミの分別をしない人を指して「社会不適合者」「地球からいなくなった方がよい」などと評する
- 飲食店の料理を指して「ひどい味」「まずすぎる」「人間の食べるものとは思えない」などと評する
意見論評型の名誉毀損は、侮辱との区別が明確ではないケースも少なくありません。
侮辱のケース
侮辱とは、個人の内面的な名誉感情を傷つける行為をいいます。
名誉毀損との違い
名誉毀損との違いは以下の通りです。
- 事実を摘示すること、またはある事実を基礎とすることを要しない
- 他人の(外部的な)社会的評価を下げることを要しない
「バカ」「デブ」「ブス」「気持ち悪い」「死ね」などの罵詈雑言が侮辱の典型です。主観的な価値判断を含むという点では、意見論評型の名誉毀損と同じです。
侮辱に該当するのはどんなケース?
名誉感情は主観的なものであり、傷ついたかどうかの判断は容易ではありません。そこで判例は、
「社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に初めて・・・人格的利益の侵害が認められ得る」(最判平成22年4月13日 民集64巻3号758頁)
という基準で、名誉感情が侵害されたかどうかを判断しています。
判例の基準自体が明確ではないため、個々の事案ごとにさまざまな事情を総合的に考慮して、人格的利益の侵害の有無が判断されます。
一概には言えませんが、例えば
- 生きる価値のないゴミ
- 早く死ねばいいのに
このように、個人の人格を否定するような強い侮辱については「社会通念上許される限度を超える」と認められやすくなります。
また、人格否定とまではいかなくとも、相当長期にわたり執拗に罵詈雑言を浴びせられた場合なども、「社会通念上許される限度を超える」と認められうるでしょう。
プライバシー侵害のケース
プライバシーとは、個人情報や私生活について、みだりに他者に知られたり公開されたりしない権利のことです。
プライバシーは、法律上の保護に値する権利利益として認められており、プライバシー侵害を理由に不法行為の成立が争われた裁判例も複数あります。
参考:東京地判昭和39年9月28日 下民集15巻9号2317頁(「宴のあと」事件)
いわゆるプライバシー権は私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利として理解されるから、その侵害に対しては侵害行為の差し止めや精神的苦痛に因る損害賠償請求権が認められるべきものであり、民法709条はこのような侵害行為もなお不法行為として評価されるべきことを規定しているものと解釈するのが正当である。
プライバシー侵害の要件
前掲「宴のあと」事件は、プライバシー侵害の要件として以下の3点を挙げています。
- ①私生活上の事実として受け取られるおそれがある(誤解でもOK)
- ②一般人の感受性を基準として、本人にとって公開されたくないだろうと考えられる
- ③一般の人々に未だ知られていない
名誉毀損との違いとして、以下の2点が重要です。
- 社会的評価の低下は不要(社会的評価が低下すれば名誉毀損の問題にもなりえます)
- 真実であっても違法性は否定されない
プライバシー侵害に該当するのはどんなケース?
前述の3要件に照らすと、以下のような情報を公開すればプライバシー侵害に当たる可能性があります。
- 基本的な個人情報(名前、住所、年齢、電話番号など)
- 身体に関する情報(容姿、身体的特徴、病歴など)
- 経歴(出身地、学歴、職歴、現在の職業・職場など)
- 経済状況(収入、資産や負債の額、借金や破産の事実など)
- その他公開されたくない情報(家族構成、前科・前歴など)
一方で、以下のような情報を公開してもプライバシー侵害には当たらないでしょう。
- 誰が見ても嘘だとわかるような情報
- 一般的に公開されても問題ない情報(「ラーメンが好き」「朝はごはんよりもパン派」など)
- すでに公開されている情報
プライバシー侵害に当たらないとしても、他人の社会的評価を下げるようであれば名誉毀損に当たる可能性があります。
誹謗中傷で慰謝料を請求する際の流れ
誹謗中傷で慰謝料を請求する際の流れを3つに分けて紹介します。
誹謗中傷の証拠を保存
誹謗中傷で慰謝料を請求するにあたっては、誹謗中傷の事実を客観的に(誰の目から見ても)明らかにすること、すなわち証拠を保存することが何より重要となります。
インターネット上の名誉毀損であれば、PCやスマートフォンでスクリーンショット(スクショ )を撮るのが簡単かつ確実です。特にSNSの投稿などは簡単に削除できますので、見つけ次第速やかに証拠を押さえる必要があります。
証拠を押さえる上では、情報量が多いことが望ましいです。特に、以下のような情報がわかるようにしておきましょう。
- 投稿日時
- 投稿場所(サイト名やURLなど)
- 投稿者(アカウント名やIDなど)
- 投稿内容(前後の流れがある場合にはそれらも含めて押さえましょう)
「発信者情報開示請求」で誹謗中傷の投稿者を特定
慰謝料を請求するためには、誹謗中傷を行った者がどこの誰かを特定する必要があります。しかし、インターネット上の投稿は基本的に匿名でなされるため、投稿者の情報(氏名や住所など)がわかりません。そのため、発信者情報開示請求手続により、投稿者の情報を明らかにする必要があります。
手続の流れ
発信者情報開示請求手続は、大きく以下の3段階で行われます。
- ①サイト管理者に対して発信者情報(IPアドレスなど)開示請求書を送付する
- ②サイト管理者に対する開示命令の仮処分を裁判所に申し立てる(※①に対する応答がない場合)
- ③開示されたIPアドレスなどをもとに、プロバイダ(電気通信事業者)に対し、発信者情報(氏名・住所など)開示請求訴訟を提起する
このように、手続は決して簡単なものではなく、開示請求だけでも時間や費用がかかるのが現実です。
開示請求の要件
開示が認められるためには、以下の2つの要件を満たす必要があります(プロバイダ責任制限法5条)。
- 開示請求者の権利が侵害されたことが明らかであること
- 開示を受ける正当な理由があること
なお、開示請求は、投稿された日からできるだけ早い段階で行うようにしましょう。時間が経ちすぎるとログの保管期間が経過してしまい、プロバイダが発信者情報を保有していないおそれがあります。
特定した投稿者に慰謝料請求
発信者情報開示請求手続を経て投稿者を特定できれば、その者に対して慰謝料を請求することができます。
請求は、以下のような方法で行います。
- 示談交渉
- 裁判外紛争解決手続(ADR)
- 訴訟
誹謗中傷で慰謝料請求をする際の注意点
まず、慰謝料請求権は3年で消滅することに注意です。
慰謝料請求権は3年で消滅
慰謝料請求権は不法行為に基づく損害賠償請求権なので、次のいずれかの要件を満たすと時効により消滅します(民法724条)。
- 損害および加害者を知った時から3年間行使しないとき
- 不法行為の時から20年間行使しないとき
時効は、その起算点を正確に把握することが重要です。
誹謗中傷のケースでは、損害(精神的苦痛)はすぐに認識できるでしょう。
そうすると、ポイントは「加害者を知った時」、すなわち投稿者がどこの誰かを特定した時から3年以内に請求できるかどうかです。
前述したように加害者の特定には時間がかかりますが、開示請求手続などの期間は「3年」の時効期間には含まれませんのでご安心ください。
一方、2つ目の要件の「20年」には、開示請求手続などの期間も含まれます。また、起算点は「不法行為の時」なので、当該投稿がされた時からとなります。被害者が投稿を認識した時からではありません。
慰謝料請求してもお金がないと言われる可能性もある
誹謗中傷が不法行為として認められれば、被害者は慰謝料請求権を行使できます。
しかし、請求権を行使できることと、実際にお金を回収できるかどうかは別の問題です。
誹謗中傷のケースでは、加害者に十分な収入や資産がない場合も少なくありません。
場合によっては慰謝料を満額回収できない可能性があることも理解しておきましょう。
慰謝料請求に警察は関与しない
「民事不介入」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。警察は、私人間の争いごとに干渉しないという原則です(犯罪にあたる場合は別です)。
「○○さんがお金を払ってくれないので何とかしてください」と警察に頼んでも、警察は力を貸してくれません。この場合、頼るべきは警察ではなく裁判所だからです。
誹謗中傷は、名誉毀損罪や侮辱罪など刑法上の犯罪に当たる可能性があります。刑事事件として立件を求めれば警察は動いてくれるでしょう。
その場合でも、警察はあくまで刑事事件の範囲内でしか動かないので、民事事件として慰謝料請求をする部分については警察は関知しません。捜査の過程で知りえた加害者の個人情報を教えてもらうことなども全く期待できません。
誹謗中傷の慰謝料請求の相談先は弁護士
誹謗中傷で慰謝料請求をしたいと考えている方は、まずは弁護士に相談しましょう。
弁護士に相談するメリット
- 不法行為該当性や慰謝料請求の可否について、専門的かつ具体的なアドバイスをくれる
- 証拠の収集や書面の作成をサポートしてくれる
- 慰謝料請求の手続(発信者情報開示請求、示談交渉、訴訟対応など)を代理・代行してくれる
- 専門家が味方についてくれることによる安心感
弁護士費用の相場
事案の内容や弁護士事務所などによって異なりますが、おおむね以下のような費用が発生します。
- ①相談料:30分~1時間で5,000円~1万円程度 例:初回は無料ないし低額の事務所も多いです。
- ②着手金:請求額の8% 例:50万円の慰謝料請求であれば4万円程度となります。
- ③成功報酬:請求が認められた金額の16%程度 例:請求額50万円のうち20万円の請求が認められれば3万2,000円程度となります。
- ④その他実費:交通費や通信費など
なお、不法行為に基づく損害賠償請求では、裁判で勝訴すれば、「相当と認められる額の範囲」で弁護士費用を加害者に負担させることができます(最判昭和44年2月27日 民集23巻2号441頁)。
参考:(旧)日本弁護士連合会弁護士報酬基準
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