誹謗中傷に関する論文をいくつか紹介します。
誹謗中傷に関する論文1:人間関係と誹謗中傷検出によるオンラインハラスメント対策
2018年の情報科学技術フォーラムで公開された論文です。インターネット上のコミュニティにおけるハラスメントを測定する新たなアプローチ方法を提案しています。
誹謗中傷や嫌がらせが社会問題化して久しいですが、誰かを傷つける不適切なコンテンツを発見する手段はまだまだ発展途上です。これまでの研究では不適切な単語を検出するのみに止まり、人間関係を考慮していなかったため、ハラスメントの重症度の測定が難しい問題がありました。
今回の研究が画期的なのは、被害者と加害者を取り巻く人間関係に着目したところです。1つのメッセージだけでハラスメントの有無を判断するのはどう考えても安直すぎますよね。そこで、これまでの投稿を遡り、メッセージ全体に占める誹謗中傷や嫌がらせの割合を算出する方法を考案したようです。これにより、ハラスメントが発生しているか、どのくらい重症かを判定できるようになっています。
また、誹謗中傷や嫌がらせの発信頻度によって、ユーザーをカテゴライズしている点も面白いところです。40%のユーザーは不適切な投稿をする頻度が低い一方、不適切な投稿を繰り返す攻撃的なユーザーも1%程度存在していたと言います。
具体的な調査には「Baidu Tieba(百度贴吧)」という掲示板形式のSNSを利用しています。特定のトピックに興味のある人が集まって意見を交わすことができるプラットフォームです。日本でいう「5ちゃんねる」に似た雰囲気があるようです。
こうした分析ツールが実装化されれば、誹謗中傷の重症度が高いコミュニティについて、管理者の早期介入が可能になるかもしれません。早いタイミングで加害者への指導・対処、そして被害者の心のケアができれば、取り返しのつかない事態を防ぐことにも繋がります。
出典元:「人間関係と誹謗中傷検出によるオンラインハラスメント対策」
誹謗中傷に関する論文2:インターネット上の誹謗中傷に対する法改正の動向
2022年、専修大学の岡田好史教授がインターネット上の誹謗中傷をめぐる法改正の動向をまとめた論文です。
SNSの匿名性は「#MeToo(ミートゥー)」運動を巻き起こすきっかけになるなどのプラスの側面を持っています。一方で、誹謗中傷やデマの発信により、個人や企業を傷つけてしまうリスクも捨てきれません。
日本で誹謗中傷をめぐる法改正が活発化したのは、リアリティショーの出演者が誹謗中傷によって自死したにも関わらず、大多数の書き込みは罪に問われなかった事件がきっかけだとしています。発信者を特定する手続きの簡略化や刑事責任の厳罰化を求める声が多く上がりました。
こうした世論を受け、政府は「プロバイダ責任制限法」を改正。一定の要件を満たせば、裁判所がプロバイダ側に情報の公開を命令できるようになりました。誹謗中傷をした相手をすみやかに特定でき、被害者の負担軽減に繋がります。
刑法における「侮辱罪」についても、1年以下の懲役・禁錮と30万円以下の罰金を科す規定を追加しました。アホやばかなどの単なる人格否定であっても、懲役や罰金が科されることとなり、安易な投稿を防ぐ抑止力となることが期待されています。
新型コロナウイルスで「おうち時間」が推奨された経緯もあり、現実世界よりもインターネット上の世界の方が、なんだか近しく感じてしまう人も多いのではないでしょうか。 SNSはスマホ片手に気軽に投稿できますから、その投稿は単なる「つぶやき」に止まらず、誰かに届いてしまうことを忘れてしまいがちです。
岡田教授は「刑罰による威嚇に頼りすぎることなく」、ユーザーのリテラシー(規範意識)を高めていくことが大切だと結論づけています。
誹謗中傷に関する論文3:インターネット上の誹謗中傷と媒介者責任
この論文は2021年に中央大学の教授が発表した論文です。インターネット上の誹謗中傷を取り巻く米国・EU・日本の制度を比較しています。
インターネット上で不適切な内容が投稿された場合、一番責任を負うべきはやはり投稿者本人であるべきですよね。しかし、ネットの匿名性から誰が投稿者なのかわかりづらい問題があります。そこで投稿者の発信を媒介したネットワークの管理者の役割が重要になってくるわけです。
この論文のポイントは、プロバイダ(媒介者)側が不適切な投稿を「削除しない責任」と「削除する責任」に分けて分析している点です。
米国では、原則としてどちらも責任を問われません。プロバイダは投稿を削除をしてもしなくても良いとしており、かなり大きな裁量が認められていると言えます。例えば、学校のクラスでいじめがある場合、教師はいじめに介入しても良いし、当事者の自主性に任せても良いという認識だというわけです。このあたりはさすが自由の国アメリカといったところでしょうか。
EUと日本は「削除をしない責任」を追及することとしています。つまり、管理をする立場でありながら、誹謗中傷を放置することは義務違反だという考え方です。米国とは対照的に、クラスのいじめを見て見ぬふりをしていた教師にも責任があるとしています。
なお、日本では「削除する責任」についても規定をしています。プロバイダ側に権利侵害を信じる事情がある場合と事前に発信者照会をした場合は、削除しても責任を問われません。プロバイダ側にとっては、削除してもしなくても責任追及の余地があるため、アメリカやEUと比べるとやや窮屈に感じるかもしれません。
しかし、筆者は「言論やコミュニケーションのデフォルト状態をつくる」のは媒介者だと指摘しています。過剰な削除をしないようにしつつ、誹謗中傷に対応する仕組みをどう作るかについては、まだまだ議論の余地がありそうです。
誹謗中傷に関する論文4:ネットいじめ加害行動に至る心理的プロセス
こちらは少し古い論文ですが、2012年の日本心理学会第76回大会で発表されたものです。ネットいじめの加害者がどのようにネットいじめをするに至ったのかを調査した結果をまとめています。
調査に参加したのは2381人とかなり大人数です。学校内でのストレスがネットいじめに繋がるという予測のもと、調査対象は高校生や大学生などの学生に絞っています。なお、高校生には中学生時点、高校卒業した学生には高校生時点のことを尋ねることとしています。
調査は予備調査と本調査の2回実施。予備調査で「ネットいじめをした」と答えた学生を対象に、より深掘りする質問をしています。質問内容はネット上の誹謗中傷に対する認知や学校内でのストレス、ネットの過剰利用など。
その結果、学校内でのストレスがネットの過剰な利用に繋がることが判明しました。現実世界でのストレスを抱えると、インターネットなどの逃げ道を探してしまうのは、誰でも覚えがあるのではないでしょうか。学生らは学校内という閉ざされた空間で、常に人間関係や成績、進路の不安に悩まされています。
ストレスからネットを過剰に利用するようになり、次第にネット上の誹謗中傷を許容する意識が生まれていくようです。「ネットなら何をしてもいい」「どうせ自分がしたってバレない」「誹謗中傷をしても仕方ない」などの考えのことですね。こうして、最終的にネットいじめの加害者となってしまうというプロセスを論文は示しています。
人間はインターネットだけでは生きられず、必ず現実世界と繋がっています。ネットいじめもネットだけで完結するものではなく、要因はどこか別のところにあるのかもしれません。論文ではネットいじめの予防には、ネットいじめへの歪んだ認識を直すだけでなく、学校内のストレス軽減も重要だと結論づけています。
誹謗中傷に関する論文5:インターネット上における誹謗中傷に関する世代差と性差について
この研究では、世代差と性差に着目して、インターネット上の誹謗中傷を分析しています。20歳以上50歳未満の大学生・社会人を対象に調査を実施し、1120人の回答が集まりました。
結論として、世代差・性差は認められる結果となりました。調査結果のポイントは2つ。
1つは、インターネット上での誹謗中傷を強く敬遠する女性の割合は、20代から40代にかけて年代が上がるごとに高まっている点です。この傾向は男性には見られなかったようです。妊娠・出産・育児などのライフステージを経験する中で、子どもへの影響を考える方が増えたのかもしれません。
もう1つは、インターネット上に人が不快に思う情報を流さないようにしている割合は、大学生男子が最も低かった点です。大学生女子に比べると、「大変あてはまる」と答えた割合が10ポイント近くも低く出ていました。
論文では、男子大学生へのネットリテラシーの指導の必要性を指摘しています。大学を含めた教育機関で指導する機会を設ければ、インターネット上の誹謗中傷の抑制をより効果的に行えるかもしれませんね。
出典元:「インターネット上における誹謗中傷に関する世代差と性差について」
誹謗中傷に関する論文6:SNSで問題を起こす人に対するステレオタイプ的認知の調査
2017年の論文です。大学生68人を対象に、SNSで個人情報の漏洩や違法有害情報の発信などの問題を起こす人の特徴を自由記述で質問しています。
結果、誹謗中傷を書き込む人の特徴としては、「自信がない」「暗い」「寂しい」など、ネガティブな特徴が挙げられました。SNSで誹謗中傷をしてしまう人=孤独感を抱えている人というステレオタイプが持たれていることがわかります。
もちろん、孤独感を抱えている全ての人が誹謗中傷を書き込むわけではありません。しかし、性格上の特徴と問題行動の関連性が判明すれば、SNSでの問題行動の抑制に繋がるかもしれませんね。
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