
静かな日常を突然打ち破る、ネット上の心ない書き込み。その被害が、ご自身の名前や、大切なお子様の顔写真と結びついていたとしたら、どれほどの不安と恐怖を感じるでしょうか。
最近、PTAの連絡網、学校の保護者専用SNS、あるいはママ友グループの非公開チャットを起点としたネットトラブルが深刻化しています。一見、安全に見える「クローズドなコミュニティ」だからこそ、ひとたびトラブルが起きると、実名や顔写真、学校名といった個人情報が瞬く間に流出し、「ネットいじめ」へと発展してしまうのです。
特に悪質なのが、子どもの行事写真の無断転載や、「あそこの家の子は問題児だ」といった事実無根の誹謗中傷を、匿名掲示板やSNS、あるいは閉鎖的なブログなどに「晒す」行為です。これは、お子様の健全な成長を脅かすだけでなく、保護者の方自身の名誉や精神的平穏を深く傷つけます。
「うちの子に限って」「まさか自分が」と思われている方もいるかもしれませんが、現代の保護者にとって、こうしたネットトラブルへの備えは、防災対策と同じくらい重要になっています。
しかし、多くの方が「削除したいけれど、どうすればいいか分からない」「相手が誰か分かっているけれど、直接交渉するのは怖い」と、一歩を踏み出せずにいます。特に、相手が同じ学校の保護者や地域住民である場合、二次被害や人間関係の悪化を恐れて泣き寝入りしてしまうケースも少なくありません。
一般社団法人ネット削除協会では、こうした保護者の方が抱える切実な悩みに応えるため、ネット上の晒し投稿を法的な根拠とプラットフォームの規約に基づいて確実に削除するための具体的な手順を、ここに集約しました。

このマニュアルは、削除の判断基準から証拠保全の方法、具体的な削除依頼の文例、そして削除が難しい場合の次のステップまで、すべてのプロセスを分かりやすく解説します。お子様とご自身のデジタル上の安全と名誉を守るために、ぜひ最後までお読みください。今、あなたが取るべき最善の対処法が、ここにあります。
証拠保全とリスク評価:削除交渉を始める前の最重要ステップ
ネット上の削除交渉や法的措置を進める上で、最も重要なのが「証拠の保全」と「リスクの評価」です。証拠がなければ、投稿が削除された後に「そんな事実はなかった」と相手に主張され、対応が困難になります。
投稿削除で最も重要な「証拠保全」の方法
削除依頼を行うと、投稿内容が削除される可能性がありますが、削除されてしまうと、その後の発信者情報開示請求や損害賠償請求に必要な証拠が失われてしまいます。そのため、まずは以下の情報を確実に記録に残してください。
削除対象の投稿を正確に記録する
- スクリーンショット:誹謗中傷や晒し投稿の画面全体を撮影します。この際、投稿内容はもちろんのこと、投稿日時、投稿者のアカウント名(ユーザーID)、投稿のURLが画面内に収まるようにしてください。スマホの場合はスクロールキャプチャ機能を使うと便利です。
- 魚拓の取得:スクリーンショットは改ざんの疑いを指摘される可能性があるため、「魚拓」と呼ばれるウェブアーカイブサービス(例:ウェブ魚拓)を利用して、ウェブページがその時点に存在していたことを客観的に証明できるデータを取得しておきましょう。
- URLの記録:投稿のスレッド全体や、投稿が含まれるウェブページの正確なURL(
https://から始まるアドレス)をテキストファイルに控えておきます。
投稿が「権利侵害」であることを整理する
- 投稿が名誉毀損(社会的評価を下げる事実を伴う)なのか、侮辱(単なる悪口)なのか、プライバシー侵害(私的な情報の無断公開)なのかを整理します。
- 特に子どもの顔写真の場合は、肖像権侵害(無断で写真を公開されない権利)を、実名や住所の場合はプライバシー侵害を強く主張できるよう、投稿のどの部分がどの権利を侵害しているかをメモしておきましょう。
削除依頼による「逆効果」のリスク評価
自分で削除依頼を試みる際、感情的なメッセージを送ったり、相手を特定しようとする言動を取ったりすると、かえって事態を悪化させる「二次被害(炎上)」を招くリスクがあります。
相手に「燃料」を与えていないか確認する
- 個人名義で削除依頼を送ると、相手がその依頼文をネット上に公開し、「被害者からの脅しだ」などと喧伝して、さらなる誹謗中傷を受ける可能性があります。
- 削除依頼は、感情的にならず、法的根拠とプラットフォームの規約のみに言及した冷静で事務的な文書で作成する必要があります。
サイト管理者に「開示請求の意図」を悟らせない
- 削除依頼時に「この投稿者を特定して法的措置を取る」といった文言を入れてしまうと、サイト管理者が投稿者に意見照会をする際、投稿者が警戒し、証拠隠滅のためにアカウントを削除する可能性があります。
- 発信者情報開示請求も視野に入れる場合は、削除依頼と開示請求のステップを連携して慎重に進める必要があります。
【子どもの権利】肖像権・プライバシー侵害を主張する削除依頼の鉄則

子どもの写真や実名、学校名などの個人情報が晒された場合、特に強く主張できるのが「肖像権」と「プライバシー権」の侵害です。これは、真実かどうかにかかわらず、無断で公開されたこと自体が問題となるため、削除の成功率が高い論点となります。
子どもの肖像権侵害:無断アップロードの削除基準
子どもの肖像権は、親権者である保護者が管理しています。学校行事などで撮影した写真であっても、それを無断でインターネット上に公開することは、明白な権利侵害です。
写真の「特定可能性」と「私的利用」を超えた拡散を指摘する
- 特定可能性の主張:たとえ顔の一部が隠れていても、学校名、体操服のマーク、背景の建物などから「どの子どもか」が特定できる場合は、肖像権の侵害を主張できます。
- 拡散意図の指摘:写真が私的利用(個人ブログなど)の範囲を超え、多くの人が閲覧可能な状態(匿名掲示板、不特定多数に公開されたSNS)にあることを示し、侵害の重大性を訴えます。
削除依頼の具体的な文例(肖像権)
- 記載例:「当該投稿には、当方の未成年の子ども(氏名、生年月日を提示)の顔写真が含まれております。これは、当方の承諾なく無断で公衆送信されているものであり、肖像権およびプライバシー権を侵害しています。また、未成年者保護の観点からも、貴社の利用規約に照らし、直ちに削除を求めます。」
実名・学校名・居住地域などの「プライバシー侵害」
プライバシー侵害とは、「公開されることを望まない私的な事実や情報」を無断で公開されることです。学校名や居住地域、保護者の職業といった情報は、まさにこれに該当します。
「公開の必要性」がない私的な情報の拡散
- 晒された情報が真実であるか否かにかかわらず、その情報が一般人の感性から見て「公開されたくない」と考える私的な情報であることを主張します。
- 例えば、「〇〇校のPTA会長の自宅はここだ」「〇〇さんは〇〇(病名・過去のトラブルなど)だ」といった情報は、公益性(社会全体にとって必要な情報であるか)が認められない限り、プライバシー侵害となります。
削除依頼の具体的な文例(プライバシー)
- 記載例:「当該投稿には、当方の氏名、居住地域、子どもの学校名、及び私的な過去の出来事が含まれております。これらの情報は一般に公開されることを望まない私生活上の情報であり、プライバシー権を明確に侵害しています。この情報の公開により、ストーカー被害やいじめの被害拡大など、具体的な被害の危険が生じています。」
【保護者の名誉】誹謗中傷・デマ投稿を削除する判断基準と手順

子どもの問題に絡めて保護者自身がターゲットとなり、名誉毀損や侮辱の被害に遭うケースも頻繁に発生します。削除を求めるには、投稿が単なる「批判」ではなく、「社会的評価を下げる違法な投稿」であることを明確に示す必要があります。
名誉毀損に該当する投稿:社会的評価の低下を証明する
名誉毀損が成立するのは、投稿が「公然と(不特定多数が見られる状態で)」、「事実を摘示し(具体的な内容を示し)」、「人の社会的評価を低下」させた場合です。
「事実の摘示」と「社会的評価」の具体的な主張
- 事実の摘示:投稿が具体的であるほど、名誉毀損と認められやすくなります。「〇〇の親は学校の備品を盗んだ」「〇〇の親は過去に〇〇という事件を起こした」といった、真偽にかかわらず、具体的な事実を示唆する書き込みが該当します。
- 社会的評価の低下:その投稿によって、地域社会、PTA、ママ友コミュニティなどにおける投稿者の信用や評判が実際に低下したことを訴えます。例えば、「投稿を読んで、PTA役員を辞退せざるを得なくなった」など、具体的な影響を付記することが有効です。
削除依頼の具体的な文例(名誉毀損)
- 記載例:「当該投稿には『〇〇(当方の氏名)はPTA会費を横領している』という虚偽の事実が記載されております。この情報は当方の社会的信用を著しく低下させるものであり、名誉毀損に該当します。これは刑法上の犯罪行為であり、貴社におかれましては、プロバイダ責任制限法に基づき、直ちにこの違法な情報を削除する送信防止措置を講じてください。」
侮辱に該当する投稿:単なる悪口でも削除は可能
侮辱は、事実を摘示せずに、「公然と」人を侮辱する行為です。「バカ」「非常識な親」「頭がおかしい」など、具体的な事実を伴わない単なる悪口や罵倒がこれに該当します。
「単なる悪口」でも削除を可能にするためのポイント
- 侮辱は名誉毀損よりも成立のハードルが低いですが、削除を求める際には、その侮辱行為が名誉感情を著しく侵害し、社会通念上許容される限度を超えていることを示す必要があります。
- 特に、頻繁に、執拗に繰り返される侮辱投稿は、悪質性が高いと判断され、削除につながりやすくなります。
削除依頼の具体的な文例(侮辱)
- 記載例:「当該投稿には、当方に対し『〇〇(氏名)は〇〇(具体的な罵倒語)』という、具体的な根拠のない人格攻撃が含まれております。これは侮辱に該当し、当方の名誉感情を著しく侵害しています。貴社の利用規約におけるハラスメント行為の禁止に照らし、早急に削除を求めます。」
プラットフォーム別削除依頼の実務:SNS・掲示板・ブログの対応

誹謗中傷や晒し投稿を削除するためには、投稿が掲載されているプラットフォーム(サイト管理者)ごとに定められたルールと手続きに従うことが最も効率的です。
匿名掲示板(5ちゃんねる、爆サイなど)への削除依頼
匿名掲示板は、投稿者の特定が難しく、削除依頼にも応じにくい傾向がありますが、権利侵害が明確であれば削除は可能です。
削除依頼フォームとスレッドURLの明記
- フォーム利用:多くの匿名掲示板には、削除依頼専用のフォームが用意されています。まずはこのフォームを利用し、投稿のレス番号とURL、そして法的根拠(名誉毀損、プライバシー侵害など)を簡潔にまとめて送信します。
- プロバイダ責任制限法に基づく請求:フォームでの削除が難しい場合は、サイトの管理者情報(ドメインの所有者など)を調査し、内容証明郵便などでプロバイダ責任制限法第3条第2項に基づく送信防止措置を請求します。この書面には、権利侵害の明確な理由と、それが違法である証拠を添付する必要があります。
削除依頼時の「発信者情報開示請求」を見据えた対応
- 匿名掲示板の場合、削除依頼をすると、管理者が投稿者に意見照会(「あなたの投稿を削除していいですか?」という問い合わせ)を行うことがあります。
- 意見照会期間が過ぎても投稿者から反論がなければ削除されますが、削除された後に発信者情報の開示を求めることは困難になります。そのため、発信者の特定も同時に視野に入れている場合は、手続きの順序を慎重に検討する必要があります。
SNS(X/旧Twitter、Instagramなど)への削除依頼
SNSは利用者数が多い分、拡散力が高い一方で、運営会社が国際的な大企業であることが多く、利用規約(コミュニティガイドライン)が非常に厳格に定められています。
利用規約違反(ハラスメント・いじめ)の指摘
- 通報機能の活用:SNSには、ほとんどの場合「報告/通報」機能があります。まずはこの機能を利用し、「ハラスメント」「いじめ」「プライバシー侵害」「非公開情報の共有」といった、利用規約に明確に違反する項目を選んで通報します。
- 法的削除依頼:通報で削除されない場合は、各社の法的削除依頼フォームを利用します。SNS企業は海外に本社を置くことが多いため、名誉毀損やプライバシー侵害が日本の法律に基づいてどのように成立するかを、簡潔かつ論理的に記述することが重要です。
ブログ・まとめサイトへの削除依頼
個人のブログや、炎上情報をまとめたサイトの場合、管理者が個人であることも多く、対応が遅れたり、感情的な反論があったりするリスクがあります。
削除依頼の連絡先調査とコンテンツの特定
- 管理者の連絡先調査:ブログの場合、「お問い合わせ」フォームや、サイトのドメイン情報(WHOIS情報)から管理者情報を調べます。
- ホスティングプロバイダへの連絡:管理者に直接連絡しても削除されない場合は、サイトを運営しているサーバー会社(ホスティングプロバイダ)に対し、コンテンツが違法であることを指摘し、サーバーからの削除を求めます。プロバイダ責任制限法に基づく書面を送付することが有効です。
削除依頼が拒否された場合の最終手段:裁判所の手続き

サイト管理者やプロバイダに任意での削除依頼を行っても、「違法性があるとは判断できない」として拒否されてしまうことは少なくありません。その場合、裁判所という第三者の判断を仰ぐことが、最も確実な削除への道となります。
削除の「仮処分命令申立て」の具体的な手続き
裁判所に削除仮処分を申し立てることで、「この投稿は違法であり、直ちに削除しなければならない」という裁判所の命令を勝ち取ることができます。
申立てから削除実行までのフロー
- 申立て書類の作成:裁判所に提出する申立書を作成します。これには、投稿のURL、投稿内容の証拠(保全したもの)、権利侵害の具体的な理由と法的根拠を記載します。
- 担保金の供託:仮処分命令が発令される前に、裁判所から担保金(数十万円程度)の供託を求められます。これは、万が一削除命令が不当であった場合に、サイト管理者や投稿者が被る損害を補償するための費用です。
- 審尋と発令:裁判官が申立人とプロバイダ側の主張を聞く審尋を経て、削除命令が出されます。
- 削除の実行:裁判所の命令書をプロバイダに提示し、投稿の削除が実行されます。投稿が削除された後、異議がなければ担保金は返還されます。
仮処分命令のメリットとデメリット
- メリット:任意交渉と異なり、裁判所の命令であるため、プロバイダは原則として削除に応じざるを得ません。削除の確実性が最も高い方法です。また、迅速性も確保され、おおむね1〜2ヶ月で結論が出ます。
- デメリット:申立て書類の作成など、法的な専門知識が必要であり、一般の方が自力で行うのは非常に困難です。また、担保金の準備が必要です。
削除と並行する「発信者情報開示請求」
削除だけでは、加害者からの再度の投稿や報復的な行為を止めることはできません。再発防止や損害賠償請求のために、投稿者を特定する「発信者情報開示請求」を並行して進めることが重要です。
投稿者を特定する二段階の手続き
- IPアドレスの開示請求:まず、サイト管理者に対し、投稿時のIPアドレス、タイムスタンプなどの情報の開示を求めます。
- 契約者情報の開示請求:次に、開示されたIPアドレスに基づき、そのIPアドレスを割り当てた経由プロバイダ(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、各光回線業者など)に対し、そのIPアドレスを利用していた契約者情報(氏名、住所)の開示を求めます。
開示請求における注意点
- 開示請求手続きは、削除手続き以上に複雑で、専門的な知識と時間が必要です。
- 投稿から時間が経過しすぎると、プロバイダがIPアドレスのログを消去してしまい、特定が不可能になるリスクが高まります。そのため、証拠保全後、直ちに手続きに着手することが重要です。
再発防止と地域コミュニティでの信頼回復戦略

内ネット上の投稿を削除することはあくまで応急処置です。最も大切なのは、削除後の再発防止と、傷ついた地域コミュニティや人間関係、そしてお子様の心の平穏を回復させることです。
地域コミュニティでの情報の火消しと沈静化
ネット上での誹謗中傷や晒し投稿は、地域の噂話と結びついて、オフラインでのいじめやハラスメントに発展することがあります。
公式ルートを通じた「正しい情報」の発信
- 学校との連携:学校側に対し、今回の投稿が事実無根のデマや違法なプライバシー侵害であることを伝え、学校の通信やPTAの正規ルートを通じて、正式な事実を保護者に伝える措置を依頼します。
- 静かなる沈静化:「絶対に反応しない」「書き込まれたことについて、自ら弁論しない」という姿勢を貫き、沈黙による火消しを図ります。感情的に反論すると、かえって事態を悪化させ、新たな投稿を誘発します。
保護者自身の情報発信ルールの見直し
- 今回のトラブルを機に、ご自身のSNSやブログにおける子どもの写真や学校行事に関する情報の発信ルールを厳格に見直してください。
- 公開範囲の限定:SNSの投稿は公開範囲を「知り合いのみ」に限定し、特に子どもの顔がはっきり写っている写真はアップロードを控えるなど、自衛策を徹底します。
削除後の心理的ケアと相談窓口の利用
ネットいじめや晒し行為の被害は、非常に大きな精神的苦痛を伴います。
専門機関への相談を躊躇しない
- 人権相談窓口:法務省や各地方自治体には、人権相談窓口が設置されています。ここでは、法的手段だけでなく、人権侵害としての側面から、適切なアドバイスを受けることができます。
- 警察への相談:投稿内容が脅迫、名誉毀損、侮辱など刑法上の犯罪に該当する可能性がある場合は、ためらわず警察のサイバー犯罪相談窓口に相談し、被害届の提出を検討してください。
心理的なサポートの重要性
- 精神的なダメージは、すぐに回復するものではありません。心療内科やカウンセリングなど、専門家による心のサポートを受けることも、被害を乗り越える上で非常に重要です。

このマニュアルが、ネットいじめに苦しむ保護者の皆様にとって、安心と希望を取り戻すための一助となることを願っています。削除は可能です。適切な手順を踏んで、お子様とご自身の未来を守る行動を今、始めましょう。



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